しさくさんさく

ウェブ、日常の雑感、mixi日記の転載など

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前回の「アイズ ワイド シャット」は複雑な話だったためか、あらすじが長くなってしまったので、今回はあっさり目で。


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【あらすじ】
第二次大戦下、ビルマの国境近くにある日本軍の捕虜収容所。斉藤大佐の管轄のもと、日本軍は連合軍捕虜を利用して、国境にあるクワイ河に橋を建設していた。

そこにある日、ニコルソン大佐率いる英軍が新たに収容される。斉藤は協定違反である将校への労役を強いようとしたが、理性と規律に従順なニコルソンは、日本軍の非道な行いに反意を露わにするのだった。

はじめはニコルソンを屈服させようとしていた斉藤だったが、橋の建設の遅れ、捕虜たちの士気の低下などが原因となり、ついに根負け。ニコルソンとの協力の意を新たにする。

その後、橋の建設は順調に進んだ。しかし一方で、収容所の脱走者シアーズのたどり着いた連合軍隊が、密かに橋の爆破をもくろんでいたのだった。

橋の完成日。橋の爆破をもくろんでいたシアーズ一行と日本軍、そしてその捕虜たちとが交戦し、橋は地獄絵図と化す。橋の完成をだれよりも喜んでいたニコルソンはその光景を見て愕然とし、悲しみに打ちひしがれながら戦死する。橋は爆破され、川辺では多くの兵士たちが悲劇の死を遂げたのであった。


☆戦争の悲惨さは伝わるけれども・・・
ラストシーンの悲壮さは、かなりのインパクトがあり、かなり強く印象に残る作品。
また、日本軍と連合軍捕虜たちとの対立と交流を通して、争いの愚かさを訴えてるという点では、かなり良いシナリオだと思います。
しかし、原作者のブール自身が日本人に対してあまり好意的でないためなのか、作中では白人種の優越感に満ちた、偏った描写がちらほらと。
ただ、そこは昔の映画なのだからしょうがないのかもしれませんね。
音楽もみんなのよく知っている名曲でとても好印象。
数々の名賞を受賞した作品ですので、皆さんも見てみては?

戦場にかける橋戦場にかける橋
(2006/02/01)
ウィリアム・ホールデン、アレック・ギネス 他

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スタンリー・キューブリックの遺作「アイズ・ワイド・シャット」。
世間一般ではエロ映画の印象が強い作品ですが、カメラワーク、音響、脚本ともにかなり完成度の高い作品ではないかと思います。

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【あらすじ】
開業医のビルはある日、妻を連れて友人のジーグラー夫妻のパーティーに参加する。華やかなパーティーの中で、ビルは旧友ニックとの再会を果たす。一方、妻のアリスは見知らぬ高年男性からダンスの誘いを受ける。ニックと別れたビルもまた、2人の女性から誘いを受けるのだった。

帰宅後、二人はパーティー中の出来事がきっかけで口論を始める。そこでアリスは自分の内にある不貞な欲求をビルに打ち明けたのだった。

妻の告白に驚愕するビル。仕事に向かうも、彼は妻の姦通の妄想に心を痛め、不埒な心を抱き始めるのだった。その帰宅途中、ビルはとあるバーで再びニックと会う。

ニックとの談笑中、ニックのもとに仕事のオファーの電話がかかってくる。ビルはそのやり取りから、危険なにおいのする謎のパーティーの存在を知る。興味をそそられたビルは、必死に止める彼から、パーティーに必要な衣装とパスワードについて聞き出すことに成功する。

用意を済ませ、パーティー会場の屋敷に入ったビル。そこでは仮面をつけた男女が、いたるところでセックスをしている。そう、これは極秘の「仮面乱交パーティー」だったのだ。ふと、呆然としているビルの元に、一人の女性が近づいてくる。女性はビルに「命が危ない」と忠告するのだった。彼女の言葉に当惑するビル。しかし、その言葉の意味のわからぬまま、彼は屋敷の人々に捕らえられてしまう。正体を明かされ、窮地に立たされたビルだったが、彼のもとにさきの女性が現れる。彼女はビルの身代わりになると、自分の身を挺して彼を助けるのだった。

屋敷から抜け出すことに成功したビル。しかし、「これ以上詮索してはならない、他言してもいけない」と忠告を受ける。翌日、ニックに話を聞くため、彼の宿泊していたホテルに向かうビル。だが、ホテルのフロントから、ニックが何者かによって連れ去られたことを聞かされる。次に屋敷で使用した衣装を返しに行ったビルは、屋敷で仮面を失くしたことに気付くのだった。

その後、ビルは昨日の屋敷を再び訪れたが、中には入れてもらえず、再び忠告を受けることとなる。その晩、怪しい人物に備考されていることに気付いたビル。咄嗟に逃げ込んだ喫茶店で、ミスコンの前女王がドラッグ中毒で倒れた、という記事を目にする。ある予感がビルの脳裏をよぎる。記事に載っていた女性の搬送先に向かったビルは、彼女がすでに死亡していたことを知る。安置所に死体を見に行くと、女性はやはり、先日ジーグラーのもとで自らが救命した女性であり、また屋敷でビルを窮地から救ったその人であった。

直後、ジーグラーから誘いを受けたビルは、彼のもとへと向かう。ジーグラーに話を聞くと、彼は乱交パーティーの参加者であったと言う。パーティーは著名人が集まる危険な場所で、屋敷での一件も、その後の不審な出来事も全てビルを脅すための茶番であったと、語るジーグラー。腑に落ちないビルは、女性の死について言及するも、ジーグラーは彼女がもともと麻薬中毒者であり、屋敷の件とは一切関係が無いと断言するのだった。

その後、憔悴しきった彼は家のベッドに自分が失くしたはずの仮面が置かれていることに気付く。泣き崩れたビルは、今全てをアリスに打ち明けた。

翌日、娘を連れクリスマスショッピングへと出かけたビル夫妻。アリスはビルに「二人とも無事でいられたことに感謝すべきだ」という。そして、二人の絆を確認しあうため、今すぐ「ファックしよう」と提案するのだった。
☆真実は藪の中

この話のいやらしいところは、事件の真相が語られながらも、それがいかんとも腑に落ちず、またその真相を確かめることのできる部分が描かれていないことである。
さらには、ラストシーンのアリスの台詞が一層、事件の謎の色合いを強くしている。
この映画を見た後の不思議な違和感は、まさしくそこに起因していると考えられる。

だが、これこそがまさにキューブリックの狙いだったのかもしれない。
映画は終始、主人公ビルの目を通した形で進められていく。
主観性を高くしたことで、知らぬ間に大きな謎に包まれていく感覚を、見事なまでに表現したことは高く評価すべきであろう。
もしかしたら、事件はジーグラーの語るとおり、何の変哲も無いことだったのかもしれない。
しかし、キューブリックは真実ではなく、この謎の中へと足を踏み入れる男の心のうちこそを、観客に見せたかったのではないだろうか。


☆現実と夢の狭間に

アイ・ワイド・シャットではビル夫婦を通して、夫婦間のスキンシップのあり方というものが、表向きの大きなテーマとして掲げられているように思う。
一方、作中では上記のようにビルの心理を通して、現実というものの危うさが描かれているようでもある。
しかし、この作品の結論はそんな認識論的なものではなく、もっと即物的なことなのではないだろうか。

キューブリックの公式の発言はこうだ。

「幸福なカップルに存在するセックスについての矛盾した精神状態を探り、性的な妄想や実現しなかった夢を現実と同じくらい重要なものとして扱おうとした」※

同監督が以前に発表した「時計仕掛けのオレンジ」では、人間の本能的な欲求、人間らしさへの賛美が見られた。
確かに、人間にとっての現実はかなり危ういものである。
この映画でもわかるとおり、人間の本能的な欲求や嫉妬心などで、現実なんてものは簡単に捻じ曲がってしまうのかもしれない。
しかし、ラストシーンでアリスが語るように、私たちは起きた状態で確かに認識している「今」を生きなければいけないという、前向きな姿勢が語られてるように私は感じる。(実存主義的な気もする)
これもまた、老年のキューブリックがたどり着いた、ひとつの境地なのかもしれない。


☆おまけ

この映画を見ていて、何気に面白いと感じたことがひとつある。
それは妻のアリスが、作中で夫の夫婦観を見事にぶち壊し、ラストではとても即物的で逞しい考え方まで披露していること。
なかなかどうして、どこか奇妙でありながら、どことなく現代のリアリティを持っているように思える、不思議な登場人物だと思う。
こういった登場人物の妙、面白さもキューブリック映画の魅力の一部ではないだろうか。

※http://homepage1.nifty.com/~yu/backup/ews.html


アイズ ワイド シャットアイズ ワイド シャット
(2006/12/08)
トム・クルーズ、ニコール・キッドマン 他

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