しさくさんさく

ウェブ、日常の雑感、mixi日記の転載など

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
☆真実は藪の中

この話のいやらしいところは、事件の真相が語られながらも、それがいかんとも腑に落ちず、またその真相を確かめることのできる部分が描かれていないことである。
さらには、ラストシーンのアリスの台詞が一層、事件の謎の色合いを強くしている。
この映画を見た後の不思議な違和感は、まさしくそこに起因していると考えられる。

だが、これこそがまさにキューブリックの狙いだったのかもしれない。
映画は終始、主人公ビルの目を通した形で進められていく。
主観性を高くしたことで、知らぬ間に大きな謎に包まれていく感覚を、見事なまでに表現したことは高く評価すべきであろう。
もしかしたら、事件はジーグラーの語るとおり、何の変哲も無いことだったのかもしれない。
しかし、キューブリックは真実ではなく、この謎の中へと足を踏み入れる男の心のうちこそを、観客に見せたかったのではないだろうか。


☆現実と夢の狭間に

アイ・ワイド・シャットではビル夫婦を通して、夫婦間のスキンシップのあり方というものが、表向きの大きなテーマとして掲げられているように思う。
一方、作中では上記のようにビルの心理を通して、現実というものの危うさが描かれているようでもある。
しかし、この作品の結論はそんな認識論的なものではなく、もっと即物的なことなのではないだろうか。

キューブリックの公式の発言はこうだ。

「幸福なカップルに存在するセックスについての矛盾した精神状態を探り、性的な妄想や実現しなかった夢を現実と同じくらい重要なものとして扱おうとした」※

同監督が以前に発表した「時計仕掛けのオレンジ」では、人間の本能的な欲求、人間らしさへの賛美が見られた。
確かに、人間にとっての現実はかなり危ういものである。
この映画でもわかるとおり、人間の本能的な欲求や嫉妬心などで、現実なんてものは簡単に捻じ曲がってしまうのかもしれない。
しかし、ラストシーンでアリスが語るように、私たちは起きた状態で確かに認識している「今」を生きなければいけないという、前向きな姿勢が語られてるように私は感じる。(実存主義的な気もする)
これもまた、老年のキューブリックがたどり着いた、ひとつの境地なのかもしれない。


☆おまけ

この映画を見ていて、何気に面白いと感じたことがひとつある。
それは妻のアリスが、作中で夫の夫婦観を見事にぶち壊し、ラストではとても即物的で逞しい考え方まで披露していること。
なかなかどうして、どこか奇妙でありながら、どことなく現代のリアリティを持っているように思える、不思議な登場人物だと思う。
こういった登場人物の妙、面白さもキューブリック映画の魅力の一部ではないだろうか。

※http://homepage1.nifty.com/~yu/backup/ews.html


アイズ ワイド シャットアイズ ワイド シャット
(2006/12/08)
トム・クルーズ、ニコール・キッドマン 他

商品詳細を見る
スポンサーサイト
コメント
コメントする
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
この記事のトラックバックURL
http://odama.blog88.fc2.com/tb.php/3-f16f15d8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。